2011年02月14日

バレンタインの思い出

ブログ記事を更新しようとして、ふと見たら、seesaaで「バレンタインの思い出」というテーマを募集しているのだそうで、それで、思い出しちゃったことがありました。

中学1年の時。

小さくてかわいくてモテモテだったD助くんと、誠実な努力家の優等生Y男くんは、家の方向が同じで一緒に帰る仲でした。

2月14日の夕方、私の友達、T恵ちゃんがやってきて、
「ねえねえ、さっき下駄箱のところでD助くんとY男くんが帰ろうとしてたんだけどね、D助くん、今日たくさんチョコもらってたでしょ。Y男くんはどうも1つももらってないみたいなのよ。Y男くん、『いいなー、D助・・・』って、泣きそうな声で言ってたのよ〜」
「うっそ〜?Y男くんって、1つももらえないほどじゃないのにね」
「そうでしょうー?明日、二人でY男くんにチョコレートもってきてあげようか」
「うん、私ももってくる」

そして翌日、私はチョコレートを持ってきて、帰りに、D助くんとY男くんが並んでいるところを呼び止めて、
「はい、Y男くん、これ一日遅れたけどチョコレート。D助くんはいっぱいチョコもらってるみたいだったからいいかなーと思って、Y男くんの分だけなんだけど、どうぞ」
と、Y男くんにチョコを渡しました。

(それにしても、ずいぶんストレートな説明をしたものだ)

それからT恵ちゃんのところへ行き、報告しました。

「T恵ちゃん、私Y男くんにチョコあげたよ。T恵ちゃんは?」
「・・・・・持ってくるの、忘れた」

えっ。私だけなの?Y男くんにフォローのチョコをあげたのは。

当時、私は旧姓がNでしたが、その後Y男くんが
「Nさんって、やさしいんだよ〜」
と話していた、と、人づてに聞きました。
しばらく、Y男くんの視線が熱かったです。

初恋がまだだったころの話でした。あまり恋愛に興味なかったのよん。Y男くんとも、その後も何もないです^^;

週刊ブログテーマ
今回のテーマ:バレンタインの思い出



ところでそもそも何を書こうとしてたかというと・・・・
自分のことが好きになれたら、昨日書いた記事の「防御でガチガチだった自分」も、「そうするしかなかった小さくて愛しい自分」というふうに認識が変わり、本質の自分に、愛とともに融合されていきます、ということでした。
 
posted by 太田 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

世界の学生たち

昨日から、ハワイ大学の医学生、チャールズ君が我が家にホームステイに来ています。

金沢大学の医学部との交換留学のようなものみたいで、チャールズ君で我が家へのホームステイは3人目になります。

一番最初にステイしたジョーダン君は、中国系ハワイアンで、とても陽気な子でした。
記憶力がとてもよく、日本語を熱心に覚え、一度聞いたら忘れず、たった2週間のうちに、簡単な日常会話なら日本語OKになってしまいました。
子供達と一緒にWiiで遊んだりもしてくれました。
土日に、夜行バスを使って、3泊2日で東京に行き、「東京を全部回った」と言っていました。どこに行ったか聞くと、確かに、東京で思いつく名所はすべて網羅してました。

2人目のキャシーは台湾人で、ハンガリー大学の医学生でした。台湾出身だからか、日本語もかなりしゃべれます。少し複雑な内容になると英語に切り替わってました。母国語は中国語だから、3ヶ国語がかなり自在に話せることになります。
キャシーのお兄さんは、ドイツの音楽大学に行っているそうです。
キャシーの机の上には、分厚い医学書とともに、TIME と National Geographic 誌が。
そうかと思うと、台湾で日本のテレビ番組もよく見ていたそうで、ジブリの映画やら、ポチたまという番組やら、詳しくて、子供達と盛り上がっていました。
台湾で親戚が集まるときには、小さい子供達と遊ぶ役回りなのだそうで、うちの子供達のハートも完全につかんでました。
一度中華料理を作ってくれ、とても美味しかったです。

今回のチャールズ君は、お父さんがイギリス人でお母さんが中国人です。外見はかなりイギリスっぽいです。
性格もまじめでおとなしめで、イギリスっぽく・・・というか、標準日本人っぽいかも。
などと思う私の方が外国人っぽいのかと錯覚してしまうほど。

チャールズ君は4週間滞在するので、だんだん慣れてきておもしろくなってくるといいなと思ってます。
なぜかリュウがいきなりなついています。
おじいちゃんに雰囲気が似てるからなのか。
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2011年01月19日

テレビ出ました

今日、午前10時からの「リフレッシュ」という番組で、めぐみの森の整体を取り上げていただきました。

自分の出てるのを見るのはドキドキだったんですが、想像していたよりずっとよくまとまっていて、番組スタッフのみなさんありがとう〜と感謝にたえません^^

放送後、何人もの方から電話やメールで「見たよ!」と連絡が入りました。
いい感じに映ってたとか、短い時間にエッセンスがきゅっと詰まっていたとか、さらには、もっと長く見てたかったとか、いろいろと嬉しい言葉をいただきましたるんるん ついでに予約もいくつかいただいて。
どうもありがとうございました。

ちなみに、「こむら返り」も、骨の調整ポイント箇所がありますので、妊娠中などで脚のつりやすい方はご相談くださいね。
番組の中で腕を上げられて「いたた」と言っていた男性アナウンサーも、整体のしがいがありそう〜。
 
posted by 太田 at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現実創造のラストピース

現実の創造セッションは、2006年に始まりました。
その時から、現実の創造(夢の現実化)の方法はもちろん何も変わってはいませんけれど、最近になって、現実の創造のラストピースはこれだ、というものに思い当たりました。

それは現実の創造セッションでは触れていない事項です。
だって当時その情報は来ていなかったんだもの。
キャッチできなかったということですが。

そのラストピースは、あまりにもよく聞くありふれた言葉だから、最初からそれを説明されても、重要性が分からなくてスルーしてしまうかもしれません。
現実の創造がなかなかうまくいかないことがあって、もがきの経験をして、初めてラストピースの重要性や意味に気づくという仕掛けなのかも。

さて、ラストピースとは何でしょう?

ネガティブ解消講座を受けられた方は、ピンとくるかもしれません。
あの中には出てきます。
さらに、最近発売された本の中に、はっきりとそれが書いてあるのを見て、ああ、やっぱりそうだよね、と。

興味ある方は、整体のときに「ラストピースって何?」と、話をふってくださいね。
posted by 太田 at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月12日

マンガの楽しみ

前から知人がちらほら絶賛していたので気になってはいたんですが、マンガの「聖☆おにいさん」

oniisan.jpg 聖☆おにいさん(6) (モーニングKC)

年が明けてから一気に読みました。
キリストとブッダが現代日本に転生というか、誕生してないから転生じゃないですが、天界から下界にバカンスに来て2人が生活するお話です。

・・・・はまりました。

キリストの方は、聖書をほとんど読んだことがあり(両親がクリスチャンだったのと、読むものがあればほぼ何でも読む性質のため)ブッダのほうは手塚治虫のブッダを読んだ程度ですが、どの巻も、笑えてしょうがないです。

それでもういちど手塚治虫のブッダも読みたくなって、古本屋さんでゲットして、そちらも一気に読みましたとさ。
 
posted by 太田 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

2011年

あけましておめでとうございます。

年末年始は風邪をひきつづけ、ブログも出遅れちゃいました。
実家に帰っていて、家の中に大人が何人もいて、私1人が寝ていても大丈夫な状況だったので、安心して風邪を引けました(笑)
ですが安心しすぎてか、金沢に戻ってからも尾を引きつづけ、昨日、何年ぶりかに、風邪で病院に行きました。たいしたことはなかったようですが、病院でもらった薬は効き目がすごくて、怖いくらいです。これはやはり最終手段にとっておこう。

風邪の合間に、実家の近くの大型ショッピングセンターにはちゃっかり初売りに出かけ、少しの時間でしたが、買い物してきました。

初売りでゲットしたもの1つ目は、紫色の「スギライト」というクリスタル。
わけあってハート形のクリスタルを探していて、たまたま見つけたハート形のスギライト。紫なだけでなく、宇宙から地球をながめたような模様をしていて、一目惚れでした。
ちょっと予算ギリギリかな、と思ったのですが、店員さんが取った値札は、そのとなりのもう一回り小さいサイズのもの?と思われるもので、でも何だかきちんと確認してから値札取ってるし、まあいいのかなと思いますが、思っていた値段の半額で買えました。

後でスギライトについてグーグル検索してみたら、なかなか深い意味を持った石のようでした。今年は、どんな展開になるのやら。

ゲット2つ目は、ゴールドキティちゃんのぬいぐるみ。
サンリオのお店で、500円でくじを引きました。きらきらしたゴールドの小物入れでも当たらないかなと思ったら、なんと、一番大きな、一等相当のぬいぐるみが・・・・
店員さんに「おめでとうございま〜す!」と祝福されながら、予想外に大きくなった荷物を手に、店を後にしたのでした。


今日は、開業当初からのお客様の一人が「テンション上げに来た」と整体に来られ、そうか、癒されるとかだけでなく、テンションを上げにくるという目的もアリなのか、と新鮮でした。
私も、テンションを上げる手伝いをしているうちに、風邪もふっとんだような、それとも薬によるものか・・・?

何はともあれ、今年も楽しくやっていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。
 
posted by 太田 at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月30日

おまけ

昨日のブログは初めてiPhoneで、布団の中で書いてみました。

アインシュタインは10時間睡眠で、相対性理論も寝床で生まれたと言われていますが、確かに布団の中は私にとってもアイディアを生むのによい場所です。
家族と寝るとなるとそのアイディアを記録する方法に困り、せっかくのアイディアもいくつも忘却の彼方に消えてしまっていましたが、スマートフォンがあれば解決!
posted by 太田 at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月29日

もっとワクワクしようよ

今年は早々とクリスマスイブの日に仕事納めにしちゃいました。
2歳児をふくめた3人の子供がいたら、このくらいのペースがちょうどいい感じです。年末に整体を受けたかった人には本当に申し訳ないのですが、この1年は無理がたたって、最後の2ヶ月はパンクしてきたのでした。

12月は「もっとワクワクしようよ」がテーマな時期でした。
物事の暗い側面ばかりに取り憑かれていては、エネルギーが停滞してしまいます。
時代的にあまり明るくはないんだけど、だからと言って、明るい側面にほとんど目を向けることができないでいたら、それは、アナスタシア的に言えばまさにダークフォースの勝利です。

まんまと策略にはまっていた私たち。
でもいつまでも停滞していられるものですか。

もっとワクワクして、エネルギーを活発に循環させようよ。

現実の創造でいえば、エネルギーが活発に動いている人やグループの周りほど現実化のエネルギーもスムーズに働くし、
バースセッションで言えば、ワクワクと楽しそうにしてる両親のほうが、新しく生まれたい赤ちゃんの魂の興味を集めるでしょう。

年末年始はお祭りモードな時期ですから、それに乗じてワクワクモードを高めやすいですね。

エネルギーは大小というより、流れているか流れていないかだと思います。

よい年末年始をお過ごしください!


写真は今年のクリスマスイブ。
子供たちがブッシュドノエルとクリスマスクッキーを作りました☆

image-20101229024934.png
posted by 太田 at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

無題

このごろ、ネタがないんだもの。


先週のワークショップは、とても楽しく、参加してきました。
このごろの中小規模ワークショップは、参加者の絆があらかじめ深いものであるような気がします。
たとえ初対面同士だったとしても。
おそらく金沢モノリスワークもそうだったのでは?

ワークショップで諸葛孔明さんは、まず最初に、
戦争がそのままイコール悪ではないと言っていたのが印象に残りました。

ちょっと前にセドナツアーの予告(日にち、実現可能性ともに未定)をしましたが、諸葛孔明のお墓のある成都ツアーもできるかもしれません。
南仏も行けるかも。
長期的展望ですが、いろいろ夢もふくらみました。


それから、バースセッションがどんどんホットになっています。
世界的ビッグネーム(今は亡き人)も次の生涯のプランのためにやってきたりして。
興味ある方は、直接、おたずねくださいね。

すいません、今日は、よく分かんない記事で。
 
 
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2010年12月07日

10年ぶりの再会

今日は個人的な日記です。

先週末、大学院時代の恩師の還暦祝賀パーティーがあって、福岡に行ってきました。

一番上のお姉ちゃんと、リュウを連れて、JRの旅。
博多駅近くの日航ホテルが会場でした。

子供連れなんて当然私だけなんですけど。
思えば上の子が生まれてから数年、子連れで学会にも行っていたので、慣れてることではあります。

今回還暦を迎えた教授の研究室が発足したとき、私は博士課程の1年生で、学生としては研究室内で最年長だったので、上がおらずに後輩ばかりでした。
なのでパーティーに集まった中でも、どちらかというと年長のほうになっており、3番目に祝辞が回ってくるような位置づけでした。

思い起こせば、学生時代はみんな若いし、感情をストレートに表す時期で、それが楽しくもあり、ぶつかり合うと危うさもあり、そういうのを全部含めて、全身でいろいろとやり切ったよなーと思います。

パーティーに来ていた後輩たち(ほとんど男の子)は、それぞれの仕事をし、家庭を持っている子たちもいるし、表情や話しぶりからしても、みんな立派な大人になったなあと、とても嬉しく思いました。
いちおう、いろいろ世話を焼いたもんね。
私はもう研究を離れているし、10年ぶりに集まってもあまり話の輪には入れないかもなと思っていたのですが、
いやいや、今でも楽しく懐かしく、教授を含めても誰もがふつうに何でも親しく話ができる、そういう集団に育っていることにちょっとびっくりました。

過去がよい形で返ってくるのは、嬉しいものです。
それもいい意味で想像を裏切るような形で返ってくると、本当に嬉しい。

これがたとえば、あの世に行くときかもしれませんが、
「過去生」がよい形で返ってくるときが来るんだろうと思います。
それはどれほどの充実感だろう?
そんなことも思いました。

さて、今週末は、京都です。
 
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2010年12月03日

何をどこまで望むのか

「何をどこまで望むのが私に許されるんだろう」という話になることがあるんですが、私は、「べつにどれだけでも望んでよい」と思います。

そのような心配をする人に限って、何も、人を蹴散らしたり人を犠牲にしてまで何かをやろうと考えているわけではぜんぜんないんです。
ちょっと、自分らしく生きたいと思っている程度のことなんです。

望みどおりにするのが悪いことだ、という意識はどこから来るのでしょう?

人が望みどおりに生きて、何が悪いかといえば、それは、やっかみという抵抗に合うくらいなものだけじゃないかと思います。

思い通りに生きている人が少ないので勘違いされてるかもしれませんが、望み通りにしたら本人にとってすべてがバラ色かというと、実際、そうでもないと思うのです。
望みどおりの道であっても、歩き始めてみたら、やっぱり壁にぶつかるし、それを乗り越え、またぶつかっては乗り越え、その繰り返し。
望んだ道であろうと、人に指定された道であろうと、それは同じだと思います。

ただ、自分の思いにかなった道であれば、乗り越えた末にたどりつく先々で、想像もつかなかったほどすばらしいものが待っています。
そのすばらしさの質は、自分の思いにかなっていない道から得られるものとは、比較しようもありません。

ですが、どうせ壁にぶつかるなら望み通りの道なんて歩かない方がいい、冒険するだけ怖いしムダ、と、入り口に立っただけであきらめる人も少なくありません。
それはただ、楽にしていたいだけということなのでしょう。

望み通りにできていない、という思いは、抑圧を生みます。
ひどいケースには、何十年も耐え忍ぶことになります。


人間は、望み通りに生きるのが、本来の自然な在り方です。
歴史にも残っていないその昔、人間は、まさにエデンの園みたいに豊かに平和に自然に暮らしていたんじゃないかと思います。

それがいつの間にか、人より
・ちょっと富がある
・ちょっと腕力がある
・ちょっと頭が回る
そういう条件を持った人が、そうでない人に対して、「俺のほうが豊かなんだぞ」「俺のほうが強いんだぞ」「俺のほうが賢いんだぞ」と言い始め、だから「俺に従え」ということになったんじゃないかと思います。
勝手に、人が、人の上に立ったということです。
行いが良いから上に立ったとか持ち上げられたとか、そういうふうではなくて、自分で「俺のほうが上なんだぞ」と言い出しただけなんです。きっと、そもそもの最初は。

力のない人々は、力のある人に従うしかなかった。
そのとき、力のある人が都合良くテキトーに言い放った言葉の数々が、いまだに、大多数の人々を縛っています。
「望み通りにしたらいけない」というのもその1つだと思います。人々が全員望み通りに生きるなんて、支配する側にとっては、ぜんぜん望ましくない光景でしょう。そんなの許せないでしょう。

ほとんど催眠のように、それらの言葉が人々を支配しています。

催眠から醒めればいいだけの話です。

人が望みどおりに生きるのが自然な姿だとしたら、望みを押し殺している姿は、環境破壊された自然みたいなものではないでしょうか。
ボロボロなのに、しょうがないと、ただ耐え忍んでいる。
そのような人がたくさんいたとしたら、世界は、良くなりようがないと思うのです。

今は一昔前にくらべたら、ずいぶん自由に行動できます。
多くの場所で、支配する力も、弱くなっています。
今は本当にいい時代なのだと思わずにはいられません。

posted by 太田 at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月17日

大掃除

北國新聞にお勤めの方のはからいで、うちには毎月アクタスが送られてくるのですが、先月号にこの本がちらりと紹介されていました。
作者が小松の方なんですね。

 新・片づけ術「断捨離」

「断」入ってくる要らないモノを断つ
「捨」家にはびこるガラクタを捨てる
「離」モノへの執着から離れ、ゆとりある"自在”の空間にいる私
これを実行することで、家の中だけでなく、時として、人生も大きく転換するのだそうです。見える世界を変えていくことで見えない世界も変わっていくという仕組みで。なかなか読み応えのある本でした。

本当に必要なもの、本当によく使うもの、愛情を持てるものだけを家に置いて暮らすということのようです。
「使える」ものじゃなくて「使う」もの。
高価か安価かは関係ない。
ただやみくもにモノを減らしたり、節約するのでもない。

家族が1人増えるごとに、モノがどんどん増える我が家。
もっと家の風通しを良くしようと思い、「捨」から始めようと片付けまくってます。
ときどきモノの整理はしているんですが、まだまだ捨て方が甘かった。
玄関はゴミ袋の山。整体を休みにしてこその作業。

すごーく片付けてるのに、見渡してみるとまだ家のごく一部しか片付いてないんですが、その一部だけを見ればかなりすっきりしました。

子供たちもその気になって、部屋や本棚を、一生懸命片付けています。
見違えるような美しさ!

空間も心もすっきりしてくるし、何を残すかを選ぶ過程で、自分が見えてきます。

posted by 太田 at 14:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月13日

お休み

今日から1週間、整体をお休みします。

どこに行くわけでもなく、体調が悪いわけでもないのですが、
夫が1週間の海外出張で不在だからです。

子供が3人になってから、家や子供のことでやることがすごく増えて、手に負えなくなってきた。
「そりゃそうよ〜、3人も子供がいたら」とよく言われるのですが、2人まではぜんぜん大変だと思わなかったから不思議なものです。

夫婦2人で暮らしていたころは1年に1回でよかったような大片付けが、3ヶ月に1回は必要。
1週間に1回掃除機かければよかったくらいだった(笑)のが、1日で同じくらい床にほこりがたまる。
洗濯物も少しずつ増え、料理の量も、洗うお皿の量も少しずつ増え・・・
と、各ジャンルに少しずつ増えたものを合わせると、なかなかの作業量になります。
さらに子供1人1人ときちんと向き合う時間もいるし。

うちは実家がどちらも県外で遠いので、夫と私2人で何とかしなければいけません。
その夫が1週間もいなくなると・・・もう整体までやっている自信がありません。

というわけで、元気だしどこにも行かないのに、お休みです。
こんなのは初めてで、なんかヘンな感じではありますが。
のんびりできるかというとそうではなく、溜まった帳簿付けとか、そんなことがあれもこれもあって、高密度な1週間になりそうです。

ですが、毎日、本当に充実しているのですよ。
これから子供が3人になろうとしてらっしゃる方々、少々の大変さなんて、別にたいしたことじゃありませんからご安心を。
 
posted by 太田 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

封印

ときどき、どうして自分はこうじゃないんだろうとか、これができないんだろうかと、不思議に思うことがあります。

努力の問題ではないこともあります。
たとえば、何で男に生まれなかったんだろうとか(笑)
何で他の国じゃなくて日本に生まれたんだろうとか。
ほかにも、もっと数学が天才的にできたらよかったのにとか。数学に関しては、最大限努力してみたけど、脳みそを入れ替えて生まれ直さないとムリなくらいにどうにもなりませんでした。

ですがその、できないことがもし今できたとしたら、私はすごーく傲慢で鼻持ちならない奴になっちゃうのかもなと思うのです。
もし男だったら、仕事ばっかりしててまったく家庭を顧みないイヤ〜な夫になるのかもとか(笑)そんなふうに男性として人生を送っても、今回は私の魂にとって全く得るものがないから、男性にはならなかったとか。
数学ができたら、今頃科学者を続けてるんだろうけど、それはいつかどこかの生涯ですでにやったことだからもういいとか。
日本に生まれた理由について、あまりピンときてませんが、何かあるんだとは思います。

この生涯で何かを得るために、あえて封印してきたことがいくつかあるのかもしれません。
自分にとってやりやすい方に行けなくすることで、あえて何かを経験し、学ぶために。

私は、今回の人生で取り組んでいる具体的なことがあるにはありますが、それ以前に、ホンモノの思いやりのようなものを獲得したくってこの世に来たというのもあるんだろうなと思ったりします。
こうするのが美徳だから、という理由で人を思いやるのではなく、
表面だけを見て短絡的に人を思いやるのでもなく、
なんか、もっと深い部分での人の痛みへの共感ができて、自分の痛みの感情を昇華したものから生まれる思いやりを。

また、そういう思いやりの大切さを知るために、どちらかというと、その思いやりには欠けた環境に生まれてきたような気もします。

そんなふうに考えると、うまくいかないことがあるように見えても、すべてはバッチリ計画どおりなんだなと、思わずにはいられません。
posted by 太田 at 08:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

コミュニケーション力

ツイッターを眺めていたら、少し前の内田樹さんのツイートに、こういうものがありました。

『子どもたちにコミュニケーションの力をつけさせたいと思ったら、いちばんたいせつな条件は「あなたがどれほど無防備になっても、誰もあなたを傷つけない」という約束を誠実に履行することです。つまりコミュニケーション能力を開花させる最良の環境とは「温室と、注意深い聴き手」なのです。』

わたしは子供の頃からずいぶんと長い間、コミュニケーションを苦手としていました。
振り返ると、物心ついたときにはすでに「わたしはいつどんな人からも傷つけられるおそれがある」という認識でいたように思います。
まず、親に対しても態度的に武装していたくらいですから。
それから、1年生で転校した先の小学校も、完全武装しないとやってられない場所でした。先生に対しても、同級生に対しても。

そして、傷つけられるのが当たり前ですから、私も、人の心を傷つける術をずいぶん学びました。
今思えば、なんと不毛で、かわいそうなコミュニケーション!そんなもの全然役に立ってないし、自分を貶めただけで、何も生み出してません。

今、コミュニケーションが得意とは言わないまでも苦手ではないのは、わたしが無防備になっても大丈夫な場所を、たくさん確保することができたからかもしれません。
子供のころになかったことを嘆いても始まりませんが、大人になってからは、自分で環境を整えることができます。
自分になかったものが分かっているなら、それがある場所を創るのみです。

わたしの子供たちには、コミュニケーション力を育むための温室を、意識して作ってみようと思います。
 
posted by 太田 at 14:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

めぐみの森ツアー予告(予定は未定!)

前の記事でお知らせしたのはオハナさん主催のハワイツアーでしたが、私もいつか、ツアーを主催したいと思ってます。

今回、テリーさんとカヨコさんに、いろんな写真をパソコンで見せてもらってて、その中ですごーく心惹かれたのがセドナの写真でした。

グランドキャニオン,赤土の大地・・・

「私、絶対こういうところに住んでたことがあると思うんだよね。断崖の洞窟を住み家にして、鷹か鷲と暮らして」
と言ったら、
「私も記憶あるんだ〜!」
と、カヨコさん。

もしかしたら、そのとき私たち友達だったかもね。

こういう話は、テリーさんとカヨコさんとは普通に出てくる。テリーさんなんか、リュウとどこかの惑星で一緒だったと言ってます(笑)


2人に、今度セドナに行くことがあったら教えて、とお願いしておきました。

そして、セドナツアーを主催するつもりです♪
(セドナじゃないかもしれないけど、ああいう風景の地域)

いつになるか分かりませんが、行きます。
必ず。
posted by 太田 at 01:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

振り子についての書籍

「振り子」の記事にいただいたコメントにお答えします。

「振り子」とは、本文で紹介した「トランサーフィン鏡の「超」法則 リンゴが空へと落下する――奇跡の願望実現法 」の中に出てくる言葉です。
もっとも、「振り子」自体の解説は、この本よりも先に発売されているシリーズ「振り子の法則」リアリティ・トランサーフィン―幸運の波/不運の波の選択」 のほうにより詳しく解説されているようです。
posted by 太田 at 11:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月01日

振り子

知り合いの勧めで読んだ本です。
おもしろかった。
これを読んだら、納得ずみで安心して、自分の現実を自由に創ることができることができる・・・かもしれません。そう選ぶなら。



集合意識や無意識の部分に働く原動力を、目には見えないが実在するエネルギー情報体『振り子』としています。

人の無意識にはびこっている不安や怒り、悲しみ、ドラマ性、依存症、そのような、現実の中で身動きが取れなくなり無力になってしまう状況は、振り子のゲームに支配されている状態だと。

ほとんどの人がおそらくそうですね。

現実の創造がうまくいかないとしたら、振り子に操られている。

振り子の決まりに支配されるのをやめ、自由に自分の現実を創るにはどうするべきなのか?
この本には、いろいろと書かれています。

めずらしく、何度も読み返した本でした。
これはすごい、と思った箇所は、iPhoneにメモっていつでも見れるようにしています。


キイキイと、よくこんなことが言えるものだという文句を並べ立ているあそこのおばちゃん。
ふと目にする思いやりのない光景の数々。
無気力な人。
怒りや不安に取りつかれている人。

そういうのを「あ、振り子に捕らわれてる」と眺めると、自分に悪影響のないものになったりします。むしろ、よいかたちで思いやりを示すことができますね。

自分の幸福感を、周囲の状況に左右されなくなる。

中にはこのようなことを書くと「自分だけよいという罪悪感を感じる」という人もいるかもしれませんが、その罪悪感からして、すでに振り子の影響なのであり。
いやはや、振り子は巧妙ですね。人間本来の自由を、何とかして発動させないようにしている。


また、「自分の存在意義を証明してみせようとするのをやめることである」というのもポイントでした。
若い頃など特に、周囲に自分を認めてもらおうとあれこれするものですが、そうしようと思えば思うほど、なぜかドツボにはまっていた。
存在意義は誰にでもあるのだから、わざわざ証明する必要なんかないのですね。
それを知っていて、証明なんかせずに振る舞うほうが、周囲に「あれ?この人なんかちがうぞ」と感じさせ、親しみや安心感や尊重の念を抱かせるのだとか。

それらの仕組みが分かって行動すると、ほんとに人間関係が楽です。
ゆとりを持てます。
そのゆとりを、よいことのために、使うことができます。
好循環のスパイラルですね。
 
posted by 太田 at 17:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

おまる

あまり使わないのにもったいないなあ、という気もしていたおまるですが、リュウには大活躍しています。

8月、お盆もすぎ、まだまだ暑い日々が続いていたので、家ではおしりすっぽんぽんにしてみました。
本格的にトイレトレーニングというつもりではないのですが、今どのくらいの頻度でおしっこするのかなど、知りたくて。

おしっこはおまるでする、というのは頭ではよく分かっているリュウで、「チッチはどこでするのかな?」と聞くと、「ココ!」と満面の笑みでおまるを指さすのでした。
かといっておまるでおしっこできるわけではありませんでした。最初のうちは。

ですが、いつの間にやら、誰にも何にも言われなくても、したくなったらおまるにまたがってするようになりました。
1人で素早くするので、時には誰も気づかないうちに、おまるにおしっこがいつのまにかあった、ということに。

リュウの気持ちとしては、何度も「チッチ大丈夫?」と言われ、したくもないのに無理やり言葉たくみに座らされるより、したくなったら自分で座ってするよ、ということでしょうか。

1階ではおまるを使い、2階では、トイレに子供用便座を置いてまたがります。
子供たちだけで2階で遊んでいる時は、9歳のお姉ちゃんが、リュウの「チッチ」という声がすると急いでトイレに連れて行って座らせてくれます。
そして大成功。みんなで拍手と大げさな褒め言葉。リュウはにっこり。
ときどき、トイレの前に水たまりを作って素知らぬフリをしていることもありますが・・・

少し寒くなってきたので、すっぽんぽんというわけにもいかなくなってきました。
トレーニングパンツをすっとばして、ふつうのパンツを買ってきました。ミッキーのトランクスでご機嫌。
家にいる間だけでもオムツを使う枚数が減れば、助かります。

posted by 太田 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

がんばっている若い人たち2

ある日、ツイッターを見ていて「女版龍馬をめざします!」というツイートが目に入りました。
釘付けになりました。
躊躇なくそういうふうに宣言する人がいるんだ!
びっくりしたし、新鮮でした。
プロフィールには「世界を、日本を変える保育士を目指します」とありました。保育士、まいさんでした。

まいさんを私はぜひ応援したい!
それに、せっかく同じようなことを目指しているのだから、同志宣言をしておこう!
というわけで、まいさんとコンタクトをとり、ここに紹介することも了承していただきました。


まいさんのブログ
New discovery channel !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

これからの活動のために新しく立ち上げられたブログ
ちきゅう学園 こころワクワク学級のブログ


まいさんは毎日毎日、アクティブに多方面に働きかけてがんばっています。
遠くからエールを送るとともに、わたしも、いつか何か力になるつもりでいます。
そして私も私のここでの活動を、温め、実行していきます。

思いを共有できる人がたくさんつながれば、どんどんエネルギーを増幅させていける。
心がぞくぞくします。

見つづけるのは、描く未来のビジョンのみ。
何が起きたとしても、ただひたすらそれを見つめて進むだけ。

きっと世界は変わります!!
 
posted by 太田 at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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