2011年11月22日

ゼルダの伝説スカイウォードソード

(下書き保存したつもりが、間違えて公開されちゃった。なのに素早くコメントいただいてびっくり。少し書き足して、残しておきますか)

23日に発売の、ゼルダの伝説スカイウォードソード。

これにはどうやら限定版の25周年パックというのがある。

25周年パックに、オリジナルリモコンがついてるのは、なぜ?
なぜ「リモコン」?



分かりました。

Wiiの旧来型のリモコンではプレイできないからです!




プレイするためには、

・旧来型リモコン + Wiiモーションプラス

または

・Wiiリモコンプラス

が必要だからなのでした。
 

ゼルダはトワイライトプリンセスが面白かったので、スカイウォードソードもすごく気になってます。
posted by 太田 at 15:46| Comment(3) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

マヤ暦の終わり

マヤ暦が終わるとされているのは、ホゼ・アグエイアス氏の著書による2012年12月21日が広く知られていました。

つい8月ごろに知ったことなんですが、カール・コールマン博士という人が独自にマヤ暦の研究の結果、2011年10月28日がマヤ暦終了だということを「マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!」という本に書いています。

気心の知れた友人達が、白山比盗_社に行きたいと言い出して、ではマヤ暦終了直後の10月29・30日の土日に集まろうということになり、関東と関西からはるばる集まりました。
そのときのためにコールマン博士の本を読み込んできた人がいろいろ解説してくれました。

一般的にはマヤ暦が終了すると世界が終了とか、地球が滅亡と言われたりしていますが、コールマン博士によると決してそうなのではなく、10月28日以降の人類は、本当の自由を手にして、喜びと平和の中で生きていくだろう、ということでした。
別の言い方では、時間を超えた覚醒した宇宙意識の状態に到達するとも表現しています。時間を超えるということは、もうマヤ暦は必要なくなるのです。
マヤ暦は12億6000万年前から9つの時間の数え方でできていて、それは、人類を進化させる宇宙計画のエネルギーというものが存在して、その影響を暦に記すことが意図されており、宇宙計画から解放されて宇宙意識の状態に到達するという頂上に導くための梯子の役目だったマヤ暦が、もう用をなさなくなるから終了するということなんだだそうです。

10月28日が過ぎて、でも何も変わってないよ?と思われる方も多いかもしれませんが、宇宙計画のエネルギーの流れに乗るか乗らないか、その意図をどの程度受け入れるか、は個々人の自由意志にゆだねられているそうです。そしてまた、個人と集団はつながりあっていることから、これからの世界の流れは個々人がどう自分の態度を選択していくかによってどのようにでも変わってくるのでしょう。
つまり、人間の意識に影響を与える宇宙のエネルギーは、10月28日を境に変わったのだよ、あとはみんなどうする?ということのようです。

29日にはそのような話をいろいろとし、30日には比盗_社に行って、各自がどのような選択をしていくかを宣言してきました。
比盗_社の祭神は古事記に登場する「白山比淘蜷_」 =くくり姫=菊理媛尊です。きちんと決断することを「腹をくくる」とも言いますし、自分の決心などを宣言するための場所としては日本の中でも最適な有数の神社なんだだそうです。

そんな2日間を過ごしたので、エネルギー的にとてもすばらしいものを感じることができ、生まれ変わったような気持ちになることができました。楽しくて、まるで祝祭のようでした。


新しい気持ちで、めぐみの森のホームページやパンフレットなどもリニューアルしようと思っています。
ですが最近のホームページ作成技術の進化についていけておらず、創造の波に乗れるまでしばらく時間がかかりそうです。

創造といえば、ヤスノさんのお絵描きワークショップ以来、いくつか絵を描きました。
30日に比盗_社で感じたエネルギーも絵にしてみました。人物や風景など、形あるものは全くセンスがなく描けなくて、感じ取ったエネルギーイメージの絵ばかりです。
およそイメージ通りに描けた絵が5枚ほどできたので、まとめてフェイスブックのアルバムにアップロードしてみました。
↓こちらです。アカウントを持っていない人でもたぶん見れると思います。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.240135129376927.59048.100001413242719&type=1&l=13e172a727

posted by 太田 at 23:50| Comment(4) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

平安時代からのご縁

この前の日曜日、23日は、両親宅の上棟でした。
うちの建物の後ろに建築中です。
上棟を終えて一気に骨組みが出来上がりました。
子供たちが毎日ワクワクしながら建築の様子を見ています。

今回、両親宅を建てるにあたって、まずは地鎮祭から始まるわけですが、地鎮祭と来てすぐに思い浮かんだのが、開業当時からのご縁でありいつもお世話になっている、牛坂八幡神社の神主さん、田邊さんです。

地鎮祭は9月17日に、田邊さんに執り行っていただきました。

祝詞?というのでしょうか、神道のことばを聞きながら、日本の、日本語のスピリチュアルはこのような古くからある言葉で語られるべきではないだろうか、などと考えていました。現代日本語ではなんだかもうひとつ核心に踏み込めない感があります。

いつもお世話になっている方にお願いした地鎮祭ということで、形式をなぞるだけのものではなく、とても思い出深いものになりました。

さらに。
私の父が自分の家系について、「昔、菅原道真が太宰府に左遷されたときについていった先祖がいる」と田邊さんに話したそうです(と後で田邊さんから聞きました)。

田邊さんのご先祖様は「道真公が大宰府に左遷されたとき、お別れの挨拶に道明寺の叔母・覚寿尼を訪ねた際、旧知である田邊左衛門に自画像を授けられた」のだそうで、もしかしたら、ご先祖様同士が平安時代に会っていたかも、という話になりました。
8年前の開業からのご縁どころか、1000年以上前の平安時代からのご縁。

私たちにとって、ここ金沢はそもそも、身内も知り合いもいなかったはずの場所でした。

まったく縁のなかった場所と思っていたのですが、実はこのようなご縁があったのかもと思うと、不思議なような、ほっとするような気分になったのでした。

空間も時間も超えて、どこで何がつながっているのか、分からないものですね。


ところで田邊さんもこのことをブログ記事にしてくださっています。
http://blogs.yahoo.co.jp/ushisaka2004/60771281.html
 
posted by 太田 at 15:24| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

お知らせ 木村俊介ライブ

夏休みが終わり、9月が始まりましたね。
台風も来てるし、少しずつ秋が近づきます。

・・というわけで、お客様より、癒されるコンサートのお知らせです。


世界で活躍する笛・三味線他の和楽器奏者、木村俊介さんのコンサートが、石川県で開催されます。


木村俊介ライブ「音象(いんしょう)」

10月1日(土)野々市町文化会館フォルテ 大ホール
 午後5時30分開場 午後6時開演
 前売 一般2,800円 小中高校生1,800円
 当日 一般3,000円 小中高校生2,000円
 ※乳幼児はご遠慮ください、だそうです

■木村氏のホームページ
http://insho.kmlw.net/

■チケット販売
石川県立音楽堂チケットボックス、香林坊大和プレイガイド、vanvan泉ヶ丘店、うつのみや御経塚ミューズイン、アピタ松任Tioプレイガイド
e+(イープラス) http://eplus.jp
ファミリーマート



めぐみの森にチラシ置いています。
私も聴きに行きます☆
posted by 太田 at 10:40| Comment(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

RPG

息子とiPhone(とiPod TouchとiPad)でファイナルファンタジーをするようになったのは、そもそも、3月ごろに、20代男性Nさんとゲームの話をしたのがきっかけでした。
Nさんは年の割に、人生経験が豊かそうな雰囲気をかもし出している人です。

Nさんは会社の上司とコミュニケーションを深めるためにゲームをしている、という話をしていました。今はやりらしい、モンハン。
そして、ゲームに関して、以前に見たテレビ番組について教えてくれました。子供にゲームをさせるときに、だらだらやらせると脳によくないけれど、1週間なら1週間と決めてクリアさせ、1週間たったら、クリアしていようといまいと中古ソフト店に売る、というようにすると、頭が働くので良いという話でした。

おもしろそう!と思ったので、春休みの始めに、息子がやりたがっていたWiiのドンキーコングリターンズを買って、春休みが終わるまでにクリアしてねと言いました。

そしたら息子はみごと春休みの最終日までにクリアしました。
そして、さっさと中古ソフト屋さんに売ってきました。

そのお金で、ゼルダの伝説というロールプレイングゲームを買ってきました。
Nさんが「ゼルダの伝説はめっちゃ頭使いますよ〜!」と言っていたのが頭に残っていたからです。

まともに挑んでいたら時間がいくらあっても足りないので、攻略サイトを見る必要があって、私も一緒にやりました。ですがなかなか、Wiiをやる時間が私には取れないので、挫折。
しかし、ゼルダの伝説の映像が美しく、ストーリーも面白かったので、手軽にできたらいいのにと思っているところに、iPhoneアプリならすぐ立ち上げられるしどこでもできるじゃない?と思いついて、iPhoneアプリに何かロールプレイングゲームがないか探してみました。

そうして見つけたのがファイナルファンタジー3。
ユーザーレビューもとても良い評価がたくさんついていたので、購入してみました。

最初は私だけのつもりで始めました。
しかし、ゲームというものにぜんぜん慣れてない私は、ちょっと敵のレベルが高くなると訳が分からなくなってしまって、少し進めただけのところで一時中断。
1ヶ月くらい遠のいていました。

そのうち思い出してまた始めようとしたら、息子がちょっとやってみたいと言い出して、やらせてみたら、みるみるうまいことゲームを進めていくので驚きました。
そうか、そうやって進めるのか〜!なるほどー!!と思って、私ももう一度挑戦することにしました。

息子のやり方や、攻略サイトにヒントをもらいながらやってみると、以前は越えられなかった小さな壁が越えられるようになり、ちょっと気の滅入る場所などに入ったり、敵が急に強くなったりして最初は嫌だなーと思っても、やっているうちに慣れてくる、ということも分かって、地道にゲームを進められました。

越えてみるとどれも本当にあまりに小さな壁で、ただちょっと不慣れなだけだったので、もしかして、リアルな世界でも、実はとても小さな壁なのにムリだと思っていることってたくさんあったかも、と思ったりしました。

後半は特にノッてきて、かなり燃えました!合間合間にずいぶん没頭しました。
体育会系だった学生の頃のような、熱い心で!(笑)

先々週、Nさんがふたたび来られたので、ドンキーコングリターンズ→ゼルダの伝説→ファイナルファンタジーと進めたいきさつを話しました。
真ん中の息子のことは、リュウが生まれてからというもの手が回らなくなっていたので、息子と共通のことをして共通の話題を持つために私もファイナルファンタジーをしたと言ったら(それは本当です)Nさんに「いいなー!ゲームしてくれるお母さん!なかなかいないですよー!」と羨ましがられちゃいました。この年になってゲームをして褒められるなんて(笑)
「目的があってゲームをするのは、いいんです」というのがNさんの持論。
私も、ちゃんとゲームをプレイしてみて、けっこうその奥深さというか、ゲーム自体もだけど、ゲームをクリアするというプロセスの奥深さにけっこう驚いてしまいました。バカにできないなと。

リアル世界でも、自分の外側のことはすべてゲームと言えるから、クリアしていくプロセスは同じです^^
ちょっとした壁を1つ1つ越えながら、レベルアップして、熟練度上げて、燃えて、ときには落ち込んで、ときには喜んで。

そんなふうにいろんなことを考え、私の頭まで活性化されたようなゲームプレイでした☆

クリアしたのは1ヶ月くらい前なんですが、さらに、クリア後のお楽しみとして、隠れボスという超難敵がいるので、今は、隠れボスとの対戦に向けてぼちぼち、レベルアップに励んでいます。
隠れボス攻略は、息子と私、どちらが先かなー?
(クリア自体は、私が先でした!)
posted by 太田 at 00:26| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月23日

Facebook

今月号の「金澤」の62頁あたりに、あなたにとってFacebookとは何ですか、という記事があります。
12人ほどにとってのFacebookについてのアンケート回答が載ってて、「代表取締役」みたいな人ばっかりの中に、私もちょこんと、めぐみの森主宰という肩書きで載ってます。

ほかの人のアンケート回答を見てたらなかなかおもしろかったです。
何らかの形で生活をポジティブに変えてくれるものであるようです。

Facebookは実名だからこわい、という意見がよくありますが、私にとっては、匿名で済むmixiなどのほうがこわいです。
ネット上にかぎらず、意外と、自分自身を透明に出しちゃったほうが安全だったりします。隠そうとするものには、隠そうとするものが寄ってきますが、透明化しようとするものには、透明化しようとするものが集まってきますから。

Facebookの友達申請は、プロフィールが書いてあれば誰でも承認していますので、アカウントをお持ちの方、これから持とうとしている方、お気軽に友達申請くださいね。
という私自身が、Facebookの最終投稿が7月11日のままなんですが、ときどきは投稿したり、いろんな人の生活状況を見て回って楽しんだりしていますので。
 
posted by 太田 at 11:20| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

東京で

先々週と先週末と、続けて東京に行きました。

先々週のはグループギャザリング。要は、親しい人との集まりです。リュウを連れて行きました。2人だけで泊まるので、クイーンサイズの広いダブルベッドのある部屋を探しました。和室または大きなベッドでないと、リュウは転がりまくって落ちてしまいますからね。手頃な料金で見つかったのは、千葉のウォーターフロントにある高層ビルのホテルでした。見晴らしが素敵なホテル。
広いベッドにしたのは大正解で、リュウは、喜んでゴロゴロ転がっているうちに、眠ってしまいました。
どんな空間・どんな人・どんな行動パターンを選んだら子供が喜ぶか、その子にもよりますけど、子供が喜ぶパターンを用意すれば自分も自分のことをとっても楽しむことができます。

そういえば2月にこちらの記事に書いたTさんですが、この春に、みごと東京芸大に合格され、今、上野で音大生としての生活を送っておられます。
グループギャザリングの前に、上野に寄ってTさんとランチをしました。
「1年前にはかおりさんと上野でランチするなんて思ってもみなかった」というTさんであり、もちろん私もですが、決意があって、それがその人に合っていたなら、びっくりするようなことが起きるものですね。
ところで上野は今、パンダで盛り上がっているようで、いたるところにパンダのイラストが。
リュウが食べたのは「お子様パンダプレート」。850円でした・・・さすが東京。
そのあと、涼みに入ったデパートで、大きなパンダのぬいぐるみ2匹と一緒に、3人で写真を撮りました。

先週はスピリチュアルビジネス講座でした。1日のセミナーなのでさすがに子供たちは置いて、1人高速バス往復で行きました。
私は、1人で個人事業をしているにも関わらず、ビジネスと名のつく講座は一度も受けたことがなくて、初めてでした。存在を知って1年ちょっとたつ人が、「スピリチュアル」+「ビジネス」という講座をやると聞いて、ずっと気になって、1ヶ月くらい迷ったあげく申し込みました。

リュウが生まれてから、1人セミナーに参加するのは2回目です。
1回目は、去年の12月の、豊かさと創造のワークショップでこれは12人と少人数規模で、京都のすてきな自然と、京都らしい風情の静かな場所で行われたものでした。
今回は東京のお台場の、広い埋め立て地に建てられた巨大な新しいビルの1室でした。
こんなふうに、日常生活を送っている場所と違った雰囲気の場所に行くだけでも、自分の内側に新鮮な風が吹き込まれる気がします。
ましてその場所で、新しいことを学んだり、いろんなことを話し合ったりすれば、なおさらです。

今回は、身体的に元気そうな人の隣に座ろう、と勝手に決めて、後ろから見てなんとなくそれっぽい人の隣に座ったら、ヨガとダンスの先生をしている方でした。ばっちり(笑)
何となく気になったから来てみた、という、同じようなノリで参加された人で、いろいろお話もできて楽しかったです^^

1人で行動した36時間ほどの間に、いろいろと新しい気づきもあり、ぼんやりとしか把握できなかったことがはっきりしてきたりしました。ずいぶん迷ったけれど、思い切って行ってきて良かったです。
ときどきこういう時間を持つことは、私の習慣となっています。リュウがほんの少し手が離れてきたので、今年は頻繁。次は9月のサンタフェ行きです。こちらもすでに行く前からいろいろと動きがでてきて、どのようなものに導かれていくことになるのやら、楽しみです。
 
posted by 太田 at 17:40| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

キッザニア

先週の日曜日、キッザニアに行ってきました!
子供たちの従姉妹と一緒に行きました。

キッザニアというのは、子供たちがいろいろなお仕事体験をできる施設です。東京と甲子園にあります。

私が子供の頃にもこういうのあったらよかったのに!!
子供たちについて回るだけでもワクワクして、楽しんじゃいましたー^^


最初にやってみたのはなぜか「関西電力」。

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大人気だったピザ屋さん。

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パイロットもやってみました^^

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車の整備。

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ジュース工場。果物や野菜のミニ知識を学ぶところから始まっていました。

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おもちゃ会社。タカラトミーだったかな?おもちゃの設計をします。

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野村証券。いったい何をしたんだか・・・??

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何度行っても飽きなさそう。
またぜひ行きたいと思います。
3歳からOKなのです。次はリュウの誕生日が過ぎた11月ごろに行きたいな。消防士やクロネコヤマトの宅配など、喜ぶでしょう^^
 
posted by 太田 at 16:44| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

意志

「意志」という言葉を聞くと、なんだかイヤなプレッシャーを感じる人もいるかもしれません。
ちょっとへこたれたときに「おまえは意志が弱い!」と言われるやつですね。

今日の話題の「意志」は、そういうものではありません。
他人から「弱い!」と言われるような意志なんて、意志じゃなくて、外部から押しつけられて仕方なく従っているだけのものにすぎないです。

ここでの「意志」は、自分が望むこと、決めたことを指します。
何がやりたいとか、どうしたいとか。
自分で決めることだから、人から意志が弱いの強いの言われる筋合いはありません。

自分で決めたとしても、すぐに人に足をひっぱられてしまう・・・・
そういうことも多いかと思いますが、足をひっぱっているのは、横やりを入れてくるその人ではないんです。
その人の言ったことを受け入れ、ゆらぐ自分なんです。

人はそれぞれ自由ですもの。いたって無責任に(たとえ親とか先生とか上司だったとしても、深いレベルではけっこう無責任に)あれこれ口を出してきます。何をしでかすか分からない子供や、見知らぬ他人が、いろんなことをしてきます。
それを受け入れ、ゆらぐのもありですが、それらにゆらぐ自分に「No」を言うこともできます。

ゆらぐ自分に対して「No」と言い、意志を貫くとき、状況が確実に変わります。周囲の人も変わります。


「べつに私はやりたことなんてないし、それなりに幸せに暮らせればそれでいいし」
という場合。
たとえば「今日は楽しく過ごせる日だ!」と思っていたのに、「◯◯のせいで楽しくなかった」「気分が落ちた」ということもあるかと思います。

「楽しく過ごす」も、意志です。
誰が何を言おうと、何が起ころうと、楽しく過ごすんです。
外部からのものにやられてしまいそうな自分の「No」を言い、楽しい状態を創り続ける。

「◯◯のせいで」と不平を言う自分は、小さな範囲の自分。
怖くなる自分も、すぐ弱気になる自分も、ぜんぶそう。
それを聞き届けている、大きな範囲の自分が存在します。ハイヤーセルフ?何セルフ?言葉の定義は私にとってはどうでもいいことですが、大きな自分が存在しています。誰にでも。
そっちの大きな自分になったつもりで「No!今日は楽しく過ごす!」と、すぐに揺らぐ小さな自分に言います。


何をどう望んでも、まず、ジャマは入ることだし。
そういう前提で、ジャマが入ってもNoを言って進むべき価値と興味のあることは、自分にとって何でしょう?
 
posted by 太田 at 12:49| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

他人と過去からの自由

シャスタに行こうと策を練っていたら、なぜか、サンタフェで開かれるイベントに参加することになりました。
美しい山やお花畑も好きなはずなのに、赤土の大地や、黒い溶岩の大地のほうに、より強力に引かれる私。


本題です。
知り合いが「このごろ、変わりたいけど変われない、と言う声が多いのよね」と言ってました。

一昔前だったら、自分を変えたいというよりも、まわりの誰かや何かに変わってもらいたい、という願望のほうが大きかったでしょうから、自分を変えたいと思うことだけでも大きな進歩のように感じられます。

変わりたいのになかなか変われないことの理由の1つには、周囲の誰かに足を引っ張られるというのがあると思います。
周囲の人と違う価値観で行動することが、こわくてできなかったり。
自分はこう思ってるんだけど、誰かに反対のことを言われると、やっぱり自分のほうが間違ってるのかなあと思ってできないとか。
迷惑をかけるんじゃなかとか、自分の思う通りにしたら誰かが困るんじゃないかという心配があったりとか。

日本人は特に、周囲の人々と歩調を合わせるのを好み、一人だけ外れるのを嫌がる傾向が強いと思うので、何事もなければほとんど変われませんが、たとえば、このまえの大震災のように、日本人を等しくショックに陥れる出来事があると、みんなが「何か変わらなくちゃ」と思うので、急に一斉に変わり始めたりします。
3.11のでなくても、個人的な大地震的な体験とか、何か激しい外部要因があると、変わりやすいです。
そういうものがなくても変われる状態の人は、とっくにどんどん変化しつづけてるでしょうね。

変わりたいのになかなか変われない2つ目の理由には、自分の過去に縛られることだと思います。
やったことがないから、できないだろう。
やってみてもできた試しがないから、できないだろう。
自分は何も武器となるものを持ってないから、すぐにヘタるだろう。
過去を基準にして、未来をつくっているのです。

もちろんこれまでは過去→未来という図式は当たり前のようでした。
しかしもう、そうじゃないです。
過去がこれからの自分をつくるのではなくて、
今の自分がこれからの自分をつくります。

そして、これからなろうとしているものというのは、もうすでになっているのも同然です。
「わたしは◯◯のタマゴ」と思っているうちに、いつのまにか「タマゴ」が取れて「◯◯」になりますよね。
あれはどこに書いてあったんだっけ。
「想像できることはすべて実現可能」

これがまた、日本人の傾向として、その人の過去によってその人を判断しやすいですから、自分の過去もいつも問われるのではないかとびくびくしちゃったりします。

他人の過去なんかどうでもいいよ、今、目の前のその人がどうだかがすべてだよ。と思えるなら、自分の過去だってどうでもいいし。
他人の過去にこだわるなら、自分の過去も引きずって歩かなければならないでしょうけど。

ちょっと前までの世界は、他人との関係や、過去によって形成されてたかもしれません。
そういうものだとされていたからです。

でも、最終的には、私たちは、自立というか、完全な主権と自由を手にしたいのだと思います。
だって私たちがストレスを感じるのは「思い通りにならない」というのがすべてです。

思い通りにならないなんて当たり前だ、我慢しろって? そういう魔のささやきが、人々をがんじがらめにしてきたと思います。
私たちはもともとは、当たり前に自由につくられているんです。

他人から支配されない。過去にも支配されない。今の自分だけが、自分のすべてを創り出す。

現実の創造についてブログではよく書いてきましたが、過去や周囲の人からの現実の創造ではなく、これからは、今の自分が望んでいること、こうありたいと思っていること、による現実の創造になっていくと思います。

そんなことをみんなが始めたら、社会がバラバラになるのではないか、と思うかもしれないですが、うーん、ある意味、バラバラになるでしょうね。解体されるという意味合いで。
だけど解体されて初めて、意味のないことはしなくて意味を感じられることだけをやって、心から楽しめる、ダイナミックな世界が創られる可能性も出てきます。
おもちゃのブロックでちがうものを作る時、一度、バラバラにしなくちゃいけないですよね。

今、私は、この時期に生きていることを幸せに思います。
「変人」でも生きやすくなってきてるし、変人増えてるし^^
おもしろい!
 
posted by 太田 at 23:58| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

ちょっと

iPhone版ファイナルファンタジーに夢中になりすぎて、ブログ更新が遅れております…。
posted by 太田 at 19:22| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

オーダー

前々回に書いた「妥協しない」についてです。

妥協しないのは、自分があらかじめ思い描くことに対して、です。
出てきた結果は、そのまま受け取ります。

現実を創造することは、「レストランでオーダーをして、料理が来るのを待つようなものだ」と言われます。

そのオーダー、つまり、こんなパートナーが欲しいとかこんな仕事に就きたいとか、は、好きなものを頼めばよいわけです。

オーダーの結果、どんな料理が運ばれてくるかは、完璧にオーダーの通りでなくてちょっとがっかりするかもしれないし、期待以上かもしれないし、それは分かりません。自分以外のことが関わってくるからです。コックさん(=宇宙)に任せます。

オーダーの結果に関しては、自分でコントロールすることはできません。
オーダーを出すことだけが、自分で決められる部分です。

大学院のとき、教授が「どうせ目標以上の結果が出ることはまずないのだから、目標は高く設定するべきだ」と言っていました。
そのとおりと思います。
 
posted by 太田 at 09:30| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

「本当の私」

4月の半ばに、この動画を見ました。
一昨日、ある人から、「何かバージョンアップしました?」云々と指摘されて、そういえば!と思い出したのがこの動画です。

「本当の私を生きるには?」


私のそれまでの生活からは、この動画で提案されているような朝の過ごし方をそのままマネするのはとても敷居が高く、やってないんですが、「感謝のリスト」のところの映像に、感謝のリストがページいっぱい、ノートいっぱいに埋め尽くされているのを見て、私がこのリストを作ってみたらこんなにノートを埋め尽くせるかしら?と興味を持ち、それだけやってみることにしました。

なかなか朝からノートに向かうのも小さい子がいては難しいので、目覚めたあと、布団の中でiPhoneのノートアプリに書いていきます。
感謝というより、嬉しかったこと、ホッとしたこと、感動したことなどを、ささいなことでもどんどん書いていきました。

でも、「感謝すべきこと」は書きません。客観的に感謝すべきことのような気がしても、それをリストにして後から読んでみたときに「嬉しい!」「やったー!」というような喜びの感情を自分がそれほど持てないものは、書かないことにします。
逆に、客観的に見たらアホみたいなことでも、喜びの感情を伴うことは、なんでも書きます。

よい天気だとか、よく眠れたとか、いい夢を見たとか、誰かが遊びにきてくれたとか、アマゾンから本が届いたとか、好物のイチゴが298円だったとか、あるアイディアが湧いたとか、チュモンの再放送を見れたとか、タリーズコーヒー行ったとか、息子が折り紙で上手に折ったハートをくれたとか、本を読む時間が取れたとか、誰かが整体をすごく喜んでくれたとか・・・・

驚いたのは、思っていたよりも、リストがどんどんできたことです。そして、リストが日々積み重なってくるほど、リストを書いたりついでに見直すのが楽しくなって、嬉しくなって、子供の頃みたいにただハッピーな感覚の中に浸れること。

今もう一度動画を見て、確かに、「ピュアでポジティブなエネルギーとは何ですか?」と聞く必要はない気がするし、さらに、30日もたたないうちに「何か変わったよね?」と言われちゃったんだから、この動画はすごい!



ついでにもうひとつ動画を。
2012年だし、本当の自分だし、昨日の記事に書いた「ダークフォース(闇の勢力)」が出てくるし。

「2012年 本当の自分に返る年」

 
posted by 太田 at 10:36| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

「つらい経験から立ち直るために」

この動画もよかったですぴかぴか(新しい)
(サイズ小さくしました。大きくして見たいときは、動画下に並んでいる右端のボタンをクリックするとフルスクリーンモードになります)




エイブラハム・ヒックスの一連の動画の女性ナレーションの声が、2年ほど前に見た夢に出てきた、女神(?)の声にそっくりなんです!
 
posted by 太田 at 17:02| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

いろいろな側面 補足

前々回の記事、「いろいろな側面」は、ギスギスしたエネルギーが日本中に浮かび上がってるので書いてみたことであり、どうしても自分の過去が嫌でたまらない人とかを想定して書いたものですが、その場合、自分の過去を「どうしたら愛せるの?」という疑問が出てくるようです。

嫌な過去と格闘し、次は、それを愛そうとして格闘するとしたら同じことでして、過去と深く関わることはないです。
「ヨシヨシ、安らかにお休み、バイバイ」という軽い扱い方でよいですので。
posted by 太田 at 09:59| Comment(2) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

いろいろな側面

地震の問題が津波の問題になって、今は原発の問題へと人々の関心が何だかシフトしてきています。

この災害をめぐって、私の主観で見て予想通りの反応をする人もいれば、あれ?この人がこういう反応をするんだ、と思わされることも多々あり、けっこう意外なことがいくつも起きています。

こういう時は静かに読書でも・・・と思い、いつもよりも多くの本を読みました。小説も読んだし、いわゆるスピ系の本も。

何気なしにピックアップした本のいくつかに、ひとことでまとめれば「あなたは観察意識なのです」ということが共通して書いてあり、今、私は特にそのことにフォーカスする時期なのかなと思ったりしてました。

自分の本体なる「意識」があり、それが身体に宿っている。感情や思考は本体ではなく、それはただのエネルギー。空間を漂っているものなので、感情や思考をキャッチしてもそれを自分のものだと思わずに、ただ流れさせればよい。

人にはキャラクター・性格といったものがあるわけですが、いろいろな時期(過去生も含みたければ含む)に、それぞれの場所に対応するためにさまざまなキャラクターを生み出してきています。
簡単な例で言えば、家にいるときの自分、学校にいるときの自分、幼稚園のときの自分、小学校のときの自分、会社での自分・・・のように。

ありとあらゆるキャラクターを作り出して物事に対応してきました。
もう忘れてしまっているものもいくつもあるでしょう。

その、忘れてしまったキャラクターの中に、あまり、自分で好きになれなかったものがあると思います。
キャラクターは自分の側面として、いくつも残って散らばっており、特に、自分自身に愛されなかった側面はひどく傷ついていたりします。
その側面は、自分自身に認めてもらいたがっている。自分自身の中に統合されたがっている。

自分の本体の「意識」に気づいていく課程で、それらの傷ついた側面が、あわてて追いかけてきます。そして、認めて愛して欲しいと願うのです。
その様子は、ある人には幽霊のように感じるでしょうし、身体の不調として感じることもあるかもしれないし、あまり気持ちのよいものではありません。
でも追い払っても、自分の一部なんですから、解決にならない。
気づいたら認めて受け入れることが必要になります。

私は、1つには過去生での傷ついた男性のキャラクターが還ってきていました。男らしくこの世に挑んだのに、ただ散っただけの生涯や、社会的に見れば何かを成したにも関わらず、殺したくない人を殺したり、一緒にいたい人と一緒にいられなかったりと悲しみでいっぱいの生涯。
その側面はひっそりと私の今回の人生にも影響を及ぼし続けていた。


今回の大災害のように、多くの人の何かを根底から揺さぶるような出来事が起きて、多くの人に、忘れ去られた側面がやってきているのかもしれないと感じています。
急にそれまでとは違ったキャラクターが現れて、えっ?と周囲が思うように変わる人がいるのかも、と。
特に、妙に恐怖を感じている人とか。
そしてまた時が経てば、もとのキャラに戻るか、あるいは、もっと何か大きく深みが感じられるような印象になるとか、するのかもしれません。

・・・・ふっとそう思っただけで、何の根拠もありませんけど。

(4/7 補足つけました)


読んだ本の1つです。

mezameyuku.jpg いま、目覚めゆくあなたへ

「ハートを閉ざすとエネルギーが入ってこない、開けばエネルギーがどっと入りこんでくる」というのが新鮮でした。確かにそうだ。「ハートに刺さった棘を抜く」という章も良かったです。

posted by 太田 at 12:09| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

それぞれの思い

地震の影響は、被災していない地域にもまだまだ続いています。

金沢にいると直接の影響は見られないので、どうも一番大変なのは、震災のニュースにどう対応するか、ということのようです。

原発は安全なのか、危険なのか。
どこまでが危険なのか。
どのくらい危険なのか。
逃げたほうがいいのか、とどまってもいいのか。

原発の影響がこれからどうなるかというのは、正確には、どんな専門家にも予測できることではないと思います。
100%というのはあり得ず、80%とか60%(裏を返せば20%、40%)というラインをどう各自が判断するかだと思うので、できるだけ後悔が少なくなりそうな判断を自分なりに選んでいく、というスタンスしかないと思います。

ある人が福島に住むお母さんに連絡して西の方へ避難するように勧めたら、「私は今避難所で炊き出ししてるのよ、ほっぽり出して行く訳にはいかないわ」と言ったといいます。
子供がお母さんに避難してほしい気持ちも、お母さんが福島にとどまろうとする気持ちも分かります。何が正しいかなんて決められません。


このブログを読んでくださっている方に多いのかもしれませんが
「逃げないなんてどうかしてる」
「福島周辺の野菜はダメだ」
などの言葉に傷ついている人がけっこういます。
それは、それが正しいかどうかというより、その口調に、愛や思いやりが感じられないからだと思います。

でも「絶対に逃げた方がいい」と断定する人に愛がないわけではなく、危険な場所にいた人にも何とか安全に生き延びて欲しいという思いが第一にあるからこそと思います。
「逃げろ」というのは、逃げることを選ばない人には余計な言葉に聞こえるし、「大丈夫だよ」というのは、心配でたまらない人にとっては何をのんびりしているのかとイライラする言葉になる。どんなふうに根拠を上げて説明しようとしても、同じこと。

そのへんはけっこう複雑で、それぞれに背景があって、たとえば、
危険性があるならできるだけ回避するのが正しいとまず思う人と、少々の危険が気にならない人、この違いはその人にこれまで起きたことによって決定的なものがあるのだろうし、お互いに理解しがたいものなのかもしれません。

これまでに経験してきた事項とは、
私なんかだと、東海大地震が起きるとずっと警告されてきた地域に育ったので、「もし地震が起きたら」というのはいつも頭にあったことでした。小さい頃はマジで怯えていたし、大人になった今ではいたずらに怯えはしないものの、いつ何が起きても覚悟しておかねばと思っています。そのせいかは分かりませんが「原発が危険?停電が不便?食料が不足する?それは分かってたこと」というのが最初に思ったことでした。
(ところでなぜまだ東海地震は起きてないんだろう?あんなに言われ続けているのに)
阪神大震災を体験した人には、私にはとうてい想像のつかない、特別な思いがあったことと思います。
同じ地震を体験した人でも、家族を失った人、皆無事だった人、誰かを助けた人、誰も助けられなかった人、それぞれに異なる思いがあるに違いありません。

また、私は転々としてきたので、住む場所は選んで決められるという感覚があります。
ですが、先祖代々の土地を受け継いできたとしたら、住む場所を守るという姿勢になるでしょうし、住む場所を選ぼうなんて言われたら怒り出すかもしれません。

一部の人と話題になったことですが、過去生の記憶の影響がある人がいるかもしれないし。

そういう細かい体験や、思いや、状況が個別に積み重なって、さまざまな人がさまざまな反応を見せています。
どの人のどの思いも、どの選択も、何も間違ってない。


もしも北陸で地震が起き、原発が危険なことになったらどう行動するか。
北陸の野菜はダメだと他の地域から言われたらどう思うか。
危険か安全かが微妙なレベルのときに、自分は逃げるのかどうか。
北陸にルーツがある人ほど逃げにくいと思うし、北陸でできる限りのことをするという選択をする人も多く出てくるんじゃないかと思います。
小さな子を抱えていれば避難するかもしれないし、それでも、思うような受け入れ先がなければ避難しないほうがマシと思えるかもしれない。
本当にそれぞれケースバイケースで、それぞれの選択をそっとしておいてほしい、と願うのではないかと思います。


今日書いたことは、私が今日の時点で思ったことであり、明日はまた、もうちょっと違うことを思っているのかもしれません。
 
posted by 太田 at 16:09| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

地球のためにできること

昨日、地震後初めてのブログ投稿をした後、なぜか急速にわたしのエネルギーは回復してきました。
今日は、アナスタシア的に、地球のために私たちができることについて付け加えてみたいと思います。

先週末は、天気が良かったので、庭の畑にジャガイモとエンドウを植えました。
お客さんの1人に、ほがらか村にタネイモと元気のいい苗が売ってるよ、と教えてもらっていたので、売り切れる前にと速攻で買っておいたものでした。
アナスタシアによると、重機ではなく、手で土に触れて畑を作ったり花や木を植えたりすると、地球がとても喜ぶのだそうです。
たかが1人の手で・・・と思うかもしれませんが、人間が蚊に刺されたのを感じ取ることができるように(何かに夢中になってると分かりませんが)、地球も、1人の人間の優しい手を感じ取ることができるのだそうです。

アナスタシアはこう言っています。
「もしたった一人の人間が二つ目の太陽を欲したとしても、それは現れないでしょう。でももし皆が一緒になって二個目の太陽を望んだら、それは現れるでしょう」
まあ、2個目の太陽を望むことはないと思いますが・・・とにかく、そのように、みんなが何かを望んだり、イメージしたりする力というものは想像を超えた力を持つようです。

「原発を冷やすイメージで瞑想をしよう」と呼びかけている人がいました。
たくさんの人がそのようにイメージを送ったら、原発はたいしたことなくおさまってくれるかもしれません。


また、アナスタシアによると
「人間は全てをコントロールできるのよ。人間は、あらゆるものをコントロールできるように作られているのよ」
ということであり、ですが現状では
「人間は、コントロールする能力というものをほとんど失ってしまったの。自然現象や自分自身のことをコントロールする能力をね」
です。
でも、私たちはその能力があると信じることによって、その能力を取り戻すことができるかもしれません。

アナスタシアはこうも言っています。

「地球上の誰でも、誰かがあなたを愛しているときにそれをあなたが感じられるということを否定はしないわね。あなたがあなたを愛する人と一緒にいるとき、それを強く感じられるでしょう。あなたたちはそれを直感と呼んでいる。実際に、見えない光の波が、愛の感情を持っている人から放射されるの。だけど愛が十分に強いなら、その人がいないときでさえ、その愛を感じ取ることができるわ。 この感覚と、それに対する理解を利用すれば、人は驚くようなことができる。それが奇跡と呼ばれるものよ」

奇跡といえば、「奇跡のコース」という本には
「奇跡は自然に起きるものです。奇跡が起きないときは、何かが間違っています」
と書いてあります。

奇跡を意図していきましょう、今こそ。
 
posted by 太田 at 06:00| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

東北地方太平洋沖地震で被災し、お亡くなりになった方に対して
心よりお悔やみ申し上げます。

被災地・被災者の方々の
少しでも早い回復を願ってやみません。

地震以来、たくさん地震の報道を見て、ネットでもたくさんの地震情報を見ました。
被災していないというのに、ぼろぼろになりそうでした。


子供たちはいつもと変わらない、屈託のない笑顔を見せています。
この笑顔を守り抜きたいものです。どんなことに遭遇しても。


ネットを見ててふと見つけた、地震がなかったら、盛大に祝われていたであろう開通した九州新幹線のCM。
笑顔でいっぱいってどんなものだったか、思い出させてくれました。
たくさんのコメントが寄せられていて、それがまた心に染みました。



いつか鹿児島から青森まで、このCMができたらいいねってコメントがありましたが、私もそんな日が来ることを願っています。


今回起きたことに対して、私たちはいよいよ個々の姿勢を問われ始めたと感じました。
それぞれが何を選択していくのか。
その選択に正解や間違いがあるということじゃなくて、ごまかしたり後回しにしていないではっきりさせ、本気で徹底していくことを迫られているのだなと。

とはいえ、今の段階で混乱しているなら、落ち着くのを静かに待てばよいと思います。
私も混乱している部分があります。静かな時間を大切にするつもりです。


個々人のつながりがいよいよ重みを増してきたと思っています。
つながりたい人と、躊躇なくつながるとき。
それが容易にできるとき。


最近の出来事について、思うこと、感じることがあればメールをください。
直接整体などででも、もちろん。
どこにしゃべったらいいのか分からない思いをお持ちの方がたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
私たちの内なるバランスを取り戻すためには、今、安全な空間での対話が必要です。
 
 
posted by 太田 at 15:32| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

テリーさんたち来ました

25、26日とテリーさんとカヨコさんが来てました。

夕食を一緒に食べたり、ゲームをしたり、いろいろと遊びました。
ハイテンションな夜。

これはラミィキューブというゲーム。頭を使います。いい脳トレ。
110227-3.jpg 

「野ふうど」で。敷いてあった紙で折り紙タイム。テリーさんをふくめたボーイズは風船を投げまくって・・・
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写真を撮りまーす。
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posted by 太田 at 10:36| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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