2012年05月24日

戦いとは己との真剣勝負

先日、アリオン・メッセージという、1996年に発行された本を読んでいました。「アリオン」という名前は、Angel of Regional Intermediate Organization National の頭文字だそうで洋風なんですが、日本人によって90年あたりからチャネルされた、日本人向けの内容で、不思議で興味深い本でした。

日本人の書いた本は、とにかく読みやすいのが嬉しいです。

始めの章では、古代(スサノオとかアマテラスとか)の時代に日本にかけられた封印の話があります。この封印はずっと日本を覆ってきましたが、今、解かれゆく時なんだそうです。
そんなこともあるかもな、と、いろいろ想像しながら読みました。封印によって日本人が本当の力を発揮できていないとしたら・・・?

あとは広範囲にわたってメッセージが記載されています。


知識の偏重に対しては、

「『身体』を『頭』の奴隷にしないこと」

「知識は両刃の剣だ。使いこなせない知識は害になる。使いこなせた時に知識はその人特有の「知恵」となり、その人を助けるだろう。知識は多ければいいというものでは無い。それを使いこなすだけの勇気と努力と根気と、それを取り入れるときの直感力が必要だ」



1人1人が主権を持つことに関しても、

「ある主君の下への参加ではなく、一人一人が主君となって欲しい。そうして、これ以上の「悪業」を増やさないようにして貰いたい」

等の記載があります。


特に印象に残ったのが「戦い」に関する記述。

「戦いも勝負ごとも、集約すれば『己との真剣勝負・己との戦い』」

「つまり、自分の人生の中で見極めたいもの、探したいもの、知りたいもの、それらを叶えるための『人生』そのものが、私の言う『戦い』なのだ」

「不合理な攻撃を受け、自らの(時には他者の)可能性を守らねばならない状況に陥ったなら、戦いなさい。
ここで忘れてはならないことは、戦うと決めたときから、
戦いは勝つためのものになるのであって、
錦の御旗(自己正当化のための美しい理由)のためではなくなるということだ。
戦う以上は、勝つまで戦いなさい。
たとえ、命を落としても逃げないで戦い続けること。
戦いで命を落とすのは負けることでは無い」

「最大の防御は攻撃にある。
しかして、単純に相手を打ちのめしたりすることを攻撃と思ってもらっては困る。
自らが能動的に、快く動く環境が必要だ。
自らが発することだ。
愛するとは、そういうことだ。

相手を愛するが故に攻撃しなければならない、しかも心から。
あなたは、あなたの構築した世界で命を引き換えに、これを学ばねばならない。

真の愛とは?
真の戦いとは?」



私自身は争いごとは嫌だと思ってきたんですが、心のどこかに、燃え立つような戦士の側面があるのも事実。それは外にではなく、自分に対して向けるべきものなのですね。
また、「戦いで命を落とすのは負けることではない」
これは、過去生で戦いで命を落とした多くの人がいると思いますが(ブロック解除をしているとよく出てくるから)、とても救われる言葉です。


そして私自身が仕事=魂の決めた事、を果たしていく上でとても心に響いたこと。

「響き合う心と心が作り出す磁場には、精神的・肉体的な治癒効果があるのだよ」

時々、「芸術的な癒し」と言える時間があるとは思ってたんですが、私の感じていたそれは、施し手・受け手の両者の魂が深い部分で静かに共鳴する様子の美、といいますか、そのようなものであると再認識したのでした。
そういう時間は本当に、「この瞬間だけのために生まれてきたとしても価値がある」と思えたりします。


一度読んだらブックオフに持って行く本も多い中、この本は、少し前に発行された本にもかかわらず、何度も読み返す本になりそうです。
posted by 太田 at 13:52| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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