2012年05月15日

魂の羅針盤

時代はかつてないほど急速に移り変わっていて、それに対応するのに、ついていくのが難しくなるときが出てきます。
今までに経験したことがないほど、全面的に何かを変えなければいけないという状況です。

そういう状況であることに気づくのは「何をしてもうまくいかない」ことばかり続くときで、やったことがある方法を試しても、知ってることを試しても、どれもうまくいかず、根こそぎ変わるくらいのことをしないと立ち行かなくなるときです。

私は去年の秋から半年くらい、そういう、突破口の見えない状況が続きました。
似たような状況の人とメールを交わしながら、時がたつのを待ち、ようやく一番しんどい場所を抜けてリニューアルされ始めた感が、お互いに出てきました。
今日はその体感について描いてみようと思います。
ぜんぶ、私の主観だということをおことわりしておきます。用語も、あまり深く考えずに選んでいます。


自分の選択で生きていくためには、自分の羅針盤とモーターが必要です。

羅針盤は、何をしたいか、どこへ行きたいかなどを決めます。
それも、魂の羅針盤と、現世に対応するための羅針盤とがあります。

モーターは、羅針盤の指した方向に進むための動力となるものです。
エネルギーを供給してくる部分(電池につなぐ導線)と、エネルギーを自分の中で回転させる部分(モーターの回る部分)があります。

図解(?)すると
 魂の羅針盤
 現世に対応するための羅針盤
 モーターの回転部分
 モーターのエネルギー供給部分
(下から、第1チャクラ〜第7チャクラ的な位置づけかも)


何をしたいのかは分かるんだけど元気が出ないなら、モーター部分を何とかすればいい。体をメンテナンスするのもいいし、エネルギーを得られるところに出かけたり、エネルギーが得られることをすればいい。

ところが、何をしたいのか分からない、どうしていいのか分からない、ということが、このごろは多々あるのだと思います。
今までは分かっていたはずなのに見失ってしまった、とか。
今まで意義を感じていたことが、空っぽに思えてきてしまった、とか。
それは、羅針盤がうまく働かなくなったから。または古くなってしまったから。時代の流れが羅針盤のリニューアルを迫っているんです。


これまでは、羅針盤のほうは、リニューアルする必要はあまりなかったんです。
魂の羅針盤は無視しても何とかなりましたし、現世に対応する羅針盤は、年を取り経験を積むごとに磨かれていくままでよかった。

しかし、もう、魂の羅針盤が黙っていません。
いくら現世でうまくやっているように見えても、魂の方向性とちがっていたらストップがかかり、魂の羅針盤と連動するように現世羅針盤がリニューアルを迫られるし、
現世的にぜんぜんうまくいっていないと思っていても、魂の羅針盤と連動させるという条件のもと、現世の羅針盤を磨かなければいけない。

羅針盤のほうが機能不全だと、いくらモーターにパワーがあっても、動けないので、動けないでいるうちに、2つ前の記事で書いたように、エネルギーが停滞して、体も心も元気がどんどんなくなってしまいます。
エネルギーが低下してるというのに、どうしていいか分からない。
だから動けない。そしてエネルギーはますます低下。そういう下降スパイラルです。

そんなときに、上昇しようとして、何かキラキラしてるように見えることに接してエネルギーをチャージしようとしても、あまりうまくいかなくて、よけいに疲れることがあります。
魂の羅針盤に沿っていないということです。

そういうときは、エネルギーをプラスするのではなく、
羅針盤リニューアルのため、休養(ニュートラル)モードに入ったり、
現世の羅針盤に従っているうちにくっつけた余分な思考を外してニュートラルを深めることに専念するほうがうまくいくようです。

その「余分な」ものとは、
1.自分が素敵だと思うものとか憧れるものとか、好きなもの、逆に嫌いなもの、それらの価値観。自分がこうでなければならないとか、人はこうでなければならないとかの判断も。
2.自分はこういうことをするのは嫌だとか、人がこういうふうなのは嫌だという抵抗感、負けてはいられないとかのプライドや対抗意識、自分にはできないなどの劣等感。
3.自分だけこんな目に合ってない?とか、もっと〜〜だったらよかったのに、という被害者意識。
4.あらゆる不安、恐怖。

・・・そう、多岐にわたるのです。
そんなに簡単に外せないよ!とか、捨てなくないよ!と思うものもあるけれど、それすら「抵抗」となってしまいます。

また、完全に捨てたかどうかを気にするより、捨てるべきものを1つ1つ自覚したということが、意味あることです。

そして、自分が持っていた夢や願いや望みすら、なかったことにします。
今の時点で叶っていないことは、今まで叶わなくても死ぬほどのことはなかったから、叶わなかった(叶えなかった)のです。
願いを捨てても死ぬことはありません。

それらは、一度まっさらにした後から自然に現実化することもありますが、現実化を期待して捨てても現実化しないというジレンマ。
未練タラタラなのもやめて、とにかくあきらめます。
執着を捨てるというか。

ただ、本当にこれらを捨てる作業が必要なのは、それをしない限り何をしても全然うまくいかなくなる、という時です。
だからもし今がうまくいっていると感じるならば、その流れに乗るべきであって、捨てまくる時期ではないのでしょう。

これらの余分なものは、生まれてから「学習」したことであり、学習したことを外していくことでしか、魂の羅針盤が指すものはなかなか見えてこなかったりします。
(不安や恐怖も学習の結果として出てくるものと言えます。過去生での学習のこともありますけど)
自ら進んで学習したわけではないにしろ、周囲に対応または反応していくうちに、考え方や価値観や、対処法、それに伴う感情が、刻まれていくからですね。

こうありたいと思ったこともナシにして、
自分はこうであるという定義もナシにして、
何も決めない。白紙にする。
自分に対しても、他者に対しても。

そうして見えてきた魂の羅針盤が指すものは、今の社会の価値観でキラキラしているものではないかもしれません。
ものすごく地味で、何とも評価されないものかもしれません。
そうだと分かったら、がっかりしたり、抵抗したりするかもしれません。
でも、いいんです。
この社会でどう位置づけられようと、自分がやり抜くべきテーマを、この生涯のうちにやり抜くことは、全宇宙の中では、ひときわ輝くことです。

このプロセスに孤独や無力感を感じることも多いかもしれないけれど、世界の、または宇宙のどこかに、同じテーマを同じように生きている人が、何人もいるかもしれません。
時や場所が遠く離れていても、同じことをしている人たちがいて、魂レベルではつねに、共にいるのかもしれません。

(ブロック解除中に見るイメージに、地球でないどこかの惑星のシーンが出てくることがあるので、このごろ、真剣に宇宙について想像をめぐらしてます^^)


時間がいくらかかかるかもしれませんが、現世の羅針盤がリニューアルされ始めると、モーターも少しずつ回り出します。
どこに行けばいいか、何をしたいのかもおぼろげながら見えてきますし、一番大変だったときよりは軽くなって、動けるような感覚も出てきます。

大変な時期には、世界の回転数に自分の回転数が負けてるような、つまり、少しのことにやたら時間がかかったり、1日が何もしないうちに終わってしまうような感じがあります。
しかし、自分のモーターが回り始めると、自然に世界の回転数に自分の回転数が合ってきて、または上回るようになってきて、同じように行動しているつもりでも、時間が余るようになったりします。

そうなると余裕ができるので、物事が簡単になり始めます。

だけど、楽になるために何かをする、のではないんですね。この時代に求められていることは。
「ワクワク」に従うとよい、とよく言われるけれど、古い現世羅針盤のワクワクに従ってもうまくいかなくて、魂の羅針盤のワクワクに従わなければいけない。それがつまり、宇宙に完全にゆだねるというのと同じことだったりします。そのために、天地がひっくり返りそうに感じるほど自分を変えなければいけないことがあります。


リニューアルの兆しを感じても、ニュートラルな状態を保ち続ける、いや、さらにいろんなことを外して、より純度の高いニュートラルにしていく。
増築改築じゃなくて、一度ぜんぶ解体して、もういちど建てる。
まるきり新しいものを生み出すために、今までのものを崩壊させる。
2012年は、徹底したその作業が、宇宙のリズムから求められているような気がしてなりません。
 
posted by 太田 at 23:39| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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