2011年11月22日

Old worldにさようなら 2.何を信じるのか

(あれれ。iPhoneで編集したら、パート2だけ非公開になってました)

先週の土曜日、NHKの地球ドラマチックで「奇跡の生還に導く声〜”守護天使”の正体は?」というテーマが放送されていたので楽しく見ました。
始めに、911テロのとき、ワールドトレードセンターのビルで働いていた人が、最初の飛行機が追突したあとに非常階段に逃れたものの、下に行けば炎、上に行っても非常扉が閉ざされて出られない、という状況になり、ほかの人が階段で眠り始める(空気も薄くなるし、眠くなるらしいです)中、突然声がして「あなたを家に送り届ける」というその声のもと導かれ、炎の中をくぐり、最終的に一命をとりとめたという話がありました。
脳科学者さんたちはいろいろとこのようなケースを調査し、空間認識の変化だとか、いろいろと科学的に説明しようとするのですが、本人は「あれは神の導きだったと思っている」のです。

同様な体験で、「あれは亡くなった父だった」「あれは私の守護天使だった」「あれは私自身だった」といろいろなケースがあるらしいのですが、その「奇跡的な」感覚を体験した本人は、体験していない誰が何と言おうと、そう信じるのみです。
 奇跡の生還へ導く人 ジョン・ガイガー

人は何かが感覚としてはっきり感じられれば、それを信じます。
「それは脳の作り出す幻覚だよ」と言われたとしても、「幻覚なんてものじゃなかった」ときっぱり否定するでしょう。でも、それがどういう感覚か、他人にはどうしたって分からないので、「あいつ頭がおかしいんじゃないか?」と思われることもあるでしょう。

感覚として感じられることは、信じるしかありません。
世の中の99%の人が否定しても、肯定することしかできません。
それほど確かな感覚は一人一人に存在します。
そのように「個」というのは独特であり、重みのある存在です。

(周囲のたくさんの人が否定するから自分もそれを否定したほうがいいんじゃないか、という気持ちになることがあります。違う考えを持つことで、他の人が嫌な思いをするかな?とか、自分は嫌われるかな?とか、変に思われないかな?という迷いです。でもそれは、人のことを考えているように見えて、実際にはごく短期的な範囲の自分の安全性を考えているだけです。実際に、身内や友人と違う考えを貫いてみてください。もちろん、違う考えを表明するときに相手を攻撃しないこと。自分も相手も慣れない状況のために一時的にモヤモヤするかもしれませんが、最終的には双方にとって一番ハッピーな結果が展開していくはずです)


めぐみの森に来られる方が、ふつうの人はあまり考えないし言わないだろうことを話して「私って変ですよね?」とおっしゃることはよくあります。実際のところ、私のところにはそのような方がたくさん来られます。ありとあらゆる、自称「変な」人たちが。

それは私も「変」だからで、また、いろんなタイプの「変わった」人がいるのは良いことだ、と思っているからだと思います。

だから、どの人に対しても
「全然、変じゃないですよ。私はとても共感できます。でも、ほかの90%以上の人は、分かってくれないでしょうね」
ということになります。

人の生まれ持った性質はそれぞれなんだし、さらに、体験してきたバックグラウンドもさまざまなので、それぞれの考え方や感じ方があるほうがずっと自然だと思うし、逆に、ある考え方や感じ方に統一されるほうが無理があると思います。

さらに私は、人が生まれ変わると思ってる、というか、この人生1度きりしか存在しないとは思っていないから、今回の人生以外にもそれぞれの人が広大な宇宙のいろんな記憶を持ってるとすると、そりゃ、地球という1つの惑星の中の小さな日本の小さな一般常識におさまるわけがありません。

私が、人生は一度きりだと思ってないのは、ぼんやりとですが、この生涯以外にも記憶があるからです。
(やっぱり変人です。)

「輪廻転生なんて信じてるの?俺は信じないよ」という類のセリフ、耳にします。
それはイコール「輪廻転生は存在しない、と信じている」ということでもあります。
何かを信じる信じないではなく、何にしたって、何かを信じているわけです。
同じ穴のムジナです。
そして、人それぞれに対して、信じたとおりの現実が展開されていくわけです。

(これ私の観察の範囲内ではホント。たとえば、男性も家事をやるのが自然で当然よね、と思ってる女性は、家事をフツーにやる男性と出会って結婚する。そんな男性はほぼいないとか、家事をやってもらったら申し訳ないと思ってると出会わない。そしてたぶん、人生は一度きりと信じると、死後は永遠に眠る)

つまり、自分の信じていることを変えると、自分が変わります。
信じるものを新しいものに取り替えると、自分も新しくなれます。

あなたは何を信じているから、今のあなたなのでしょう?
もし、そのあなた自身を好きになれないとしたら、何を信じているからなのでしょう?

パート3に続く。
posted by 太田 at 17:46| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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